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渡嘉敷島の馬鹿力大男の話

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渡嘉敷島のバカ力大男の話

 

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沖縄の渡嘉敷島はこんな島じゃ
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那覇から西へ30kmにある慶良間諸の一つじゃ。この島には古くから人が住んでいたんじゃ。太平洋戦争では、悲惨な状態になった島でもある。370人近くの人々が集団自決した。

この島に伝わる大力持ちの大男の話をしよう。

実はな、この話も信じがたいことじゃが、沖縄によくある例の「証拠」があるので、動かしがたい事実じゃ。

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渡嘉敷島の北の儀志布島(じっぷじま)がある。 昔のことじゃ。この島の洞窟に身なりはまありっまな風な武将が隠れ住んしょった。理由は知らん。 ある日、その海に大きな軍艦が何隻押し寄せてきよった。 その洞窟の武将はカッコだけはいっちょまえじゃが、今除なしじゃったんかいのう。戦いの敵から逃げちょったみたいじゃな。でぜというて、その軍艦を見つけてビビってたからな。 とにかく、その武将には、その軍艦が敵か味方かわからんかったらしい。 そこで、、一緒に隠れていた部下に偵察に行かせ寄った。 そのときの指示は次のとおりじゃ。 「味方の船ならば、赤い旗、敵ならば白い旗を上げよ。」

 

 

ところがじゃ。この部下はやっちまったのよ。馬鹿な部下を持つ上司ほど情けないものはないのう。それは今も昔も変わらん見たじゃな。

そもそも、戦乱の世じゃったから、特に悲惨よ、。

押し寄せてきた船は味方の船じゃったんじゃ。

偵察に言ったその大馬鹿者は、味方の舟の乗員から大歓迎されて、船で歓迎洋上パーティーとなっちまったのよ。

この大馬鹿偵察はバカ呑みしたみたいじゃな。酔っ払ってしもうたんじゃ。そのまま酔い潰れて任務を忘れたらまだましじゃったんじゃが、そうではない、ここが悲劇の始まりよ。

どうやら、儀志布島に隠れ住んでいる武将は戦いに勝った大手柄者じゃったのよ。そこで、艦隊がそのぶsx法をむかえに来た中古とじゃったんじゃ。

偵察の者は、旗の色を間違ごうて上げてしもうた。味方ジャから「赤旗」であるところを「白旗」を上げたんじゃ。

それを見た英雄に武将は、敵思って、自害を決意したんじゃ。

そこで、武将じゃから潔い。躊躇なく、妻子を連れて自害にために、儀志布島の南の断崖絶壁に行きよった。

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その英雄の武将は、妻子を連れて島の南の断崖を目指した。

途中、海をみると、いよいよ船がやってくる。

まとみると、とうとう上陸を始めた。

本当は、英雄をむかえに、丁重なる礼を尽くすため、大勢んで上陸してきたんじゃ。

武将はそれを敵と思うちょうる。あの大馬鹿うすのろとんきちの部下のせいじゃ。

必至で断崖を目指す武将親子。的に殺されるより、自害で命を絶つほうが武士の路なんじゃ。そう信じておった。

「もうだめだ!」と思うやいなや、武将は愛しい妻子を崖から突き落とした。

妻子は即死じゃ。

次は己の番じゃ。

そう決心下ちき、丁度、島の漁師が通りがかった。武将は、その漁師に、自分の金の大太刀を与えた。そして、その漁師に突き落としてもらったんじゃ。

即死じゃ。島の者は事実を知った。 そこで、この武将の家来たちが、儀志布島の南の洞窟に墓を建立した。 しばらくは、その墓の上に建てられた漆塗りの祠があった。今、散らばっている木材はその名残じゃ。 いつの話か知らん。 この話には続きがある。しかし、第2章みたいなものじゃから、主人公が違う。 その話は6月15日じゃ。

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儀志布島で自決した武将の家族の事件があったすぐ後のころじゃ。

この島には、渡嘉敷島へは潮が引いたら歩いて渡れるんじゃ。
渡嘉敷島の渡嘉敷村に鬼慶良間(おにぎらま)と言う馬鹿力を持った大男が済むようになったんじゃ。
島の者たちは、多分、あの武将の一族じゃろうと噂していたんじゃ。確たる証拠や根拠はない。けどそう思うとったじゃろうな。
そこで、いろんな者が、その大男に尋ねはしたんじゃが真相は語らんのじゃ。話せないちゅうんじゃない。そのことを言わんだけじゃ。
しかし、大男は、島の者にひたすら、新式の超便利農業グッズやら、舟の作り方を伝授してたんじゃ。無料じゃな。
「トロピカルぬらりひょん(http://office.nurarihyon.chondara.com/)」が超分かり易くディストリビューションの導入のやりかたを教えてるのに似ちょるかのう。
とにかくその大男と島人にはそういう交流があったんじゃ。

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とにかく、妙な奴はどこにでも、いつの時代にでもいるもんじゃ。

こんな小さな島でもおったらしい。

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渡嘉敷村の集落から田園地帯行く途中に川が流れておったんじゃ。大きな川ではないが、島人は田んぼへの行き帰りにはいつも難儀しておったんじゃ。

ある日、その島人に無料奉仕する大男の鬼慶良間が、近くの山からぶっとい松の木を何本か引っこ抜いてきて、それで橋を架けてやりよった。

島人は大助かりしてその無口な大男に感謝しておった。

「ほんに、アノ男をええやっちゃ。」 そんな風に島人と新参者の大男とはええ関係だったんじゃ。

この小さな波嘉敷島の南には阿波連という村があるんじゃ。その村には、阿波連弁慶(あはれんびんちー)っちゅう妙な、変な、嫌味な、嫉妬深い、嫌な感じの大男が住ん嬢った。

こ奴は、常日頃から、鬼慶良間が島人とええ関係で暮らしてるんを妬んどったんじゃ。やな奴じゃ。どこで、ことにあろうか、この嫌な方の大男はとんでもない狼藉をやらかしよった。

鬼慶良間の架けた橋にやってきて、その橋を踏み折りよったんじゃ。

馬鹿者よ。

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なんだかみょうーな脳ミソ筋肉化したバカ男の狼藉を聞いた鬼慶良間は、特に怒りもせなんだ。

「なーるほど。木で橋を作った私が馬鹿だった。木はいつか折れるからなあ。腐れない物で作ればええだけのことよ。」

っちゅーて、今度はでっかい三枚の平たい石を一気に担いで持って来よった。
あっという間に石橋の完成じゃ。

いくら脳ミソまで筋肉になってしもうたバカ力の阿波連弁慶でもこいつをぶっ壊すことはできんだろう。

確かに、阿波連弁慶もってしても壊せなんだ。バカの考えることは意味がわからんが、えらい腹を立てたらしい。

しかし、脳ミソが筋肉になるほど馬鹿でも、日本人はいくら悔しいとは言え、「決闘」を申し込んだりはせん。
いっちょ、力比べで蹴りつけようや。てな感じになったそうじゃ。まあ、それでも意味わからんけどな。

で、
このバカは鬼慶良間に相撲の勝負を申し込みよった。

沖縄の相撲は「角力」ちゅうーて、本土の神事で行われた相撲とルールが違う。
土俵がないんじゃ。相手の背中を地べたにつけたら勝じゃ。ホールアウトみたいなもんじゃな。

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果たして、角力は、島の北の波嘉敷と島の南の阿波連の真ん中にある、「トカシク」の海辺で開催されることになったんじゃ。

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かくて、「脳ミソ筋肉化男阿波連弁慶」と「とってもいい人鬼慶良間」との角力試合の火蓋は切って落とされた。

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ものごっつい戦い出会った。現代なら、リングサイド観戦料は一体いくらになるだろうか。

多くの島人が見タダで観た。

脳筋男のマイクパフォーマンス、
「おい、見ろよ。これがおれの帯だ。」

と抜かしたやいなや、やおら、ぶっとい青竹をまるで紙みたいにしごいて帯にした。

寡黙、かつ、いい人鬼慶良間は、やはりここでも黙って、
船の舫い(船を係留するてめのぶっというロープ)をまるで藁(わら)でも扱うかのように引きちぎって、帯にした

呆れるはただ見(無料見物)の島人。

「この角力の決着は命を落とすことで決まるのう。」

一人のご老体が人ごとのように言った。無論、彼も熱中観戦じゃ。

「そうだ、これは止めないと大変なことになる。」

と、ある島人が言って、勝負を止めさせた。
なるほど、日本人は野蛮な決闘はやらん民族じゃ。角力は止んだ。

ご老体が「ちぇっ!冥土の土産でええもん観れたと喜んでいたちゅーに。若いもんがいらんことしおってからに。」といったかどうかは知らん。

トカシクの岩場には、今もこのとき組み合った二人の足跡が残ってるんじゃ。そいういう証拠がありから、この話は事実じゃ。

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1

何年も経った。

あの馬鹿力大男「鬼慶良間」は年寄りになった。
しかし、力だけはモノごっついままじゃ

大きな墓を作り始めよった。

ここで、沖縄の墓の話をしような。

沖縄の墓はメチャメチャでかい。
本土の方では、墓地へ行くと、四角柱の人の高さより少し低いじくらいの御影石で墓が作られている。ゲゲゲの鬼太郎で出てくる「墓場で運動会」の墓はみんなそんくらいの大きさじゃな。

本土では、死人が入る墓が作れんで大よわりしちょる。当たり前じゃ。
人間の死体の数は無限に増えるんじゃ。そんなもん、いくら焼いても骨壷が増え続けるだけじゃ。その骨壷人つづつに墓建ててたら、いくら小さいちゅうてもキリがない。

だから、金持ちとか、余裕のあるもんしか死ねんのんじゃ。えらいこっちゃで。

沖縄は、そんあアホらしいことはせんのじゃ。親類(門中(もんちゅう))みんな、同じ墓へ入るんじゃ。一族みんなの墓じゃ。だから、困ってはせんのよ。

で、

墓の前は大抵、バーベキューエリアになっちょる。法事はそこでやるんじゃ。一族みんなが集まるから、お祭り騒ぎじゃ。

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由緒ある墓は、集まる者が多くて、テキ屋さんまで出店しよる。
沖縄の法事は楽しいんじゃ。本土みたいに念仏唱えて痺れの切れることはない。

沖縄の墓は元々、自然の洞窟を利用したらしい。本土の旧人遺跡もそうなてるみたいじゃな。

山裾や平野に墓を作るんは豪族だけじゃった。
石を積み上げて、古墳みたいに「石室」みたいな墓にするんじゃ。
今、沖縄でよく見かける、あのでっかい墓は、近代になって、コンクリートが使えるようになってからのものじゃ。

コンクリートの墓になって、一般の人々の墓も平野部で作られるようになったんじゃ。

沖縄は石灰質の地質じゃから、コンクリートは地産工業じゃ。だが、今ある墓はそれでも戦前のものじゃ。戦後は、もっとリッチになったから、御影石ででかいのを作るんじゃ。そういう墓は家形の墓じゃ。

2

あのコンクリートの墓は「亀甲墓(かめこうばか)」と言う。母の子宮の形を写したデザインじゃ。

その石室には、柩を入れるんじゃが、数年過ぎて、遺族が「洗骨」するんじゃ。

白骨化した遺体の骨をみんなで洗うんじゃが、とても重要な儀式じゃった。
現代では、法律で、遺体は荼毘に付さねばならん。
だから、「洗骨」の儀式はなくなった。

よかたな。現代で。骸骨洗えるか?

まあ、結局、今のと同じように「骨壷」に納まるちゅーこっちゃ。
墓の中は収納飾り棚みたいになっいて、古い墓は見事じゃ。どんだけー。

じゃから、法事は宴会になってしまうんじゃ。

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島の人たちは、鬼慶良間が作っているでっかい墓は、自分が入る墓と思っちょった。

馬鹿力で、でっかい石を運んでは積み上げちょった。

あと、一つ、

後ひとつじゃちゅーに、馬鹿力鬼慶良間は死んだ。

未完成の巨大墓じゃ。

3

 

鬼慶良間は死んだが、死ぬ前に、渡嘉敷の島人に言い遺しとった。

5

「みんさん。。。。うううう。。。・・・
・・は、・・こんなヨソモンを大事にしてくれた。。・・・あ・り・が・・・と・う。
あの墓は、皆さんへの・・・恩返しじゃ。。。・・・みんなで使ってもらおうと思ったんじゃ。・・・お礼の印に作ったんじゃ。・・・・・
入口が二つ(たーち(沖縄の方言、二つをたーちと言う。)
良くないことも起こるじゃろう。続いて死人が出ても困らんよう、備えじゃ。
・・心残りは、未完成なことじゃ。後一枚、蓋の大石を載せるだけじゃ。・・・
・・あれを積む前にあの世へ行かねばならん。・・・・
その石をみんなで、積んで欲しいんじゃ。ハンパじゃ出来んじゃろう。
力の出る掛け声がある。「オニケラマ ヒヤーヌエイ」じゃ。
・・・わしの体はどうでもええ。海にでも流しておくれ。
・・・・・・・そ・れ・・・・から・・・・
みなさんの祖先の住処だった、「西山」にソテツを植えておいた。
普段は、実を食べれ。どうしても、飢餓に苦しんだら、幹を食え。
そうして、幾百年、千年も栄えてくれい。・・・・ガクッ」

!! * !! ソテツの実は食ってはならない。***蘇鉄有毒***

蘇鉄の実からは良質な澱粉が摂れる。しかし、有毒である。熟練した人が処置して食用になるので、食べてはいけない。現代は飢えていない。

 

なるほど、鬼慶良間が積んでくれろと言い残したその石は超でっかい。
「よーこんなもん持って来よったな。」
「そうじゃ、阿波連弁慶(覚えてるか?「あはれんびんちー」じゃ。)との相撲はモノゴッツかったのう。語り草じゃ。」
「俺は知らんなー。昔のスゲー、バトルの話じゃろう?俺も見たかったなー」
「そーじゃ。凄かったわい。」

てなこと言いながら、島人(しまんちゅ)は力を合わせて「オニケラマ ヒヤーヌエイ!」ちゅうて、見事に上げよたんじゃ。

墓は入口が二つあるから、「たーちばか」と呼ぶ。
渡嘉敷村役場庁舎の近くにある墓がそうじゃ。

6

鬼慶良間は、自分の遺骸は海に流せというたが、あまりに忍びないんで、この「たーちばか」の近くに鬼慶良間の墓を建立し、今でも、最高敬称である「世の主加那志(ぬしがなし)」と崇(あが)めているんじゃ。

数百年立つが、ここらでは、自分に関係する墓参りの前には、先ず、鬼慶良間の墓を拝んでからするんじゃ。

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昭和二十年三月末、渡嘉敷島のすぐ近くの海は、びっしりと米軍の軍艦に埋め尽くされた。
 二十六日には、波嘉敷島に米軍は上陸した。
 沖縄本島を攻撃する前に、その手前にある慶良間諸島から攻撃をはじめたのである。
 渡嘉敷島には、特別攻撃隊用の人間魚雷が隠されており、少数の兵隊が守備していたが、人間魚雷を一艇も出撃させるいとまもない間の上陸だった。
 慶良間諸島では、座間味島でも、慶留間島でも集団自決が行われた。
 渡嘉敷島では、住民は先祖がはじめて住んだという西山に登り、二百数十人が自決した。

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 思い止まって生き残った人々は、日本が降伏した八月十五日よりも遅い、八月二十日に西山をおりて、米軍の施設に収容された。

 

渡嘉敷島の人々の話では、その間生き残った人々の食料となり命をつないだのは、世の主那志と島人が讃えた鬼慶良間が植えた蘇鉄(そてつ)だった。


 米軍の攻撃で、山の木がすべて焼かれてなくなっても、鬼慶良間の蘇鉄だけは、焼けた棒杭のように西山一帯に林立し、しばらくするとすぐに青い芽を出したというのである。

!! * !! ソテツの実は食ってはならない。***蘇鉄有毒***

蘇鉄の実からは良質な澱粉が摂れる。しかし、有毒である。熟練した人が処置して食用になるので、食べてはいけない。現代は飢えていない。

この続きがある。7月5日のブログでやろう。

 

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