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津堅島のはじまり

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8月になった。暑いのう。南国沖縄は、この季節、本土の猛暑とは違う。過ごしやすい。

さて、今月は沖縄本島中部東側の小島の話じゃ。
私が知っている本島の海で最も透明度の高い海じゃと思うちょるのが、「津堅島」の海岸じゃ。抜けるような透明で素晴らしい。
現代でも、この島は橋で繋がちょらん

無論、昔も舟を使わにゃあならんかった。

昔、北中城の若者がこの島へ移住したんじゃ。その話をしような。

北中城には、沖縄自動車道が走っていて、「北中城インターチェンジ」がある。

まだ、10年はたたんじゃろうが、「ミニ・インターチェンジ」ができた。ETC搭載乗用車のみが入れるんじゃ。これの共用前に試用期間があって、その頃に使用した時の感想アンケート(記名するので、アンケートはおかしいが)を出すと、「500円の図書券」をくれた。

この小さな入口専用インターチェンジは「喜舎場スマート」ちゅうんじゃ。

こんなところじゃ

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今の状態じゃ。

ここにまつわる話をしょうな。

 

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昔、北中城に喜舎場(きしゃば)ちゅう集落を興した者があった。「喜舎場」ちゅう一族じゃ。

その喜舎場の若い2人が丘から海を見渡すと、波間に見え隠れする島があるのを知ったんじゃ。
この二人は多分、兄弟じゃろうか。詳しくはわからん。伝わっているのは、「妹の真志良代(ましらよ)」に、「喜舎場子(読み方は分からん)」が言ったんじゃ。
「あの島なら人が住めそうだな。二人で行ってあそこに新しい集落を開こう。」

そんな相談をした。

喜舎場の若者二人が、丘から見え隠れするその島へ渡るために、先ずお決まりの

「七日間の斎戒沐浴」をした。

で、逾(いよいよ)出航した。
この島は見え隠れするほど平らな島じゃった。今度は丘から見るのとちごうて、海面からじゃから、殆ど見えんのじゃ。

途中、「ちぎんどぅ(津堅涛)」と呼ぶ荒波がきはじめた。ぜんぜん見えん。現代の考えでは、そんなに遠い島じゃないからたいしたことはないと思いがちじゃが、昔は、大変じゃ。心細かったことじゃろうな。冒険じゃ。

自分のポジションをロストして困難極まる冒険じゃったが、その都度元の浜へ帰ることができた。

3回目のチャレンジの時は「ちきんどぅ」は来なかった。で、やっとその島の西海岸に漂着したんじゃ。

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さて、斎戒沐浴の甲斐があってか、3度目のチャレンジでこの島への渡航に成功した二人は、この島に集落を興した。

この、初上陸した、喜舎場子が「津堅涛(つけんどぅ)が止んで「とまい(泊)」できたので、この島を「津堅島」としたんじゃ。

その浜は、「泊浜(とまいばま)」と呼ぶようになった。

当時、ズボンの下に履くものをことを「下袴(かかん)」といっていた。
真志良代(ましらよ)の下袴はびしょびしょになったので、近くの小高い岩に広げて乾かせたことが伝わって、その岩(石)を「下袴石(かかんいし)」と呼舞踊になった。
今では、その石を信仰上の偶像として拝まれているんじゃ。

津堅島で暮らし始めたこの若者は「仲真次(なかまじ)バンタと言う崖の下にある洞窟じゃった。
このバンタは、彼らの両親が住んでいる「喜舎場」がよく見えるんじゃ。

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沖縄では、海を望む断崖絶壁の岬を「バンタ」と呼ぶ。

彼らは、洞窟暮らしの頃は、海産物や木の実を食べておった。
やがて、
そのバンタの上に家を建てたんじゃ。今でもその家はあるらしいが、ワシは知らん。見たことない。

なんで、仲真次バンタと言うかちゅうと、「喜舎場子」と妹の「真志良代」の実家が「仲真」といって、その直下の分家だから「仲真次」というんじゃ。

彼らの子孫は「仲真次」と言う姓を名乗っている。

ここで、沖縄の「屋号」のことを少しだけ説明しょう。

琉球は小さな島国じゃから、「閉鎖社会」ではあったのう。だから、血統が少ない。そのことから、家を表す。「姓」が同じ人たちが大勢住んでいることは有名じゃ。

しかも、本土とは随分違った姓じゃ。独特ではあるが数が少ない。

そこで、同姓がおおいので、その家はどの血筋を受け継いだ一族であるか。とか、また、各家庭を分別する用のために、沖縄独特の「屋号」というような呼び名がある。

その名付け方には、ある程度決まりがあって、その中で割と多く使われるのを紹介しような。

東は「あがり」じゃ。西は「いり」。分かるな。太陽の運行を示しとる。

例えば、「ぬらりひょん家」があって、その子孫が東側に分家を構成すると「あがりぬらりひょん」じゃ。

他には、端や、離れ、後ろと意味がある「ぐし、くし」というのがある。漢字を当てると「後」、「具志」だな。

「くし」に対し、「めー(前)」がある。

次世代を「次(し)」と言う。
本家や元祖は「根屋(にーや)」じゃ。だから、津堅島の仲真次バンタの頂上にある家を津堅島の「にーや」と呼んでるんじゃ。

あと、由緒があって、信仰上の拝みどころを「うがんちゅ(拝所)」と言う。そこに湧水があれば「御嶽(うたき)」と言うな。

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仲真次たちが津堅島に渡って、集落が繁栄した。

「めーなかまし(前仲真次)」、「あがりなかまし(東仲真次)」、「くしなかし(後仲真次)」・・・・・・・・

元祖の喜舎場子は生前「私が死んだらうふじー(大地)に向かって墓を作って欲しい」と遺言したんじゃ。

大地とは、本島のことで、それは「喜舎場」じゃ。

戦後もそのしきたりは中断することなく続いている。

9月18日は喜舎場の人々の御祭りの日じゃ。喜舎場の人たちが喜舎場子の破壊にお参りするんじゃが、この時の供物はカラスグヮーじゃ。

津堅島では大豆が採れんらしい。このときには、貴重な豆腐がご馳走として振舞われる。

また、4年に1度、津堅島の人達が鰹の一本釣りに使う「チンブク竹」を40本ほどお土産に持って帰る風習があるんじゃ。

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